南米三か国の旅

南米の旅 ブラジル・アルゼンチン・ペルーの三か国を訪ね
マチュピチュ遺跡・イグアスの滝・ナスカの地上絵など観光してきました。

                         2008.10.30〜2008.11.11


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11月30日(木)
成田発16時30分 デルタ航空DL056便 アトランタ経由で旅立ちました。

偏西風に乗って約13時間、現地時間15時35分にアトランタに到着しました。
米国の入国審査はますます厳しくなり、左右の人差し指の指紋照合と顔写真を
撮られてようやく入国が認められました。  (日本との時差は−13時間です。)
リオデジャネイロへ向う乗り継ぎ便の出発まで約5時間の待機。 アトランタ空港では
免税店を見たり、ファーストフードで軽食をとったりして時間をつぶしました。


アトランタ発20時40分 デルタ航空DL061便でリオへ向います。

アトランタから9時間あまり、眼下に島が見えてきました。

11月31日(金)
現地時間31日の朝8時15分、リオデジャネイロ(ブラジル)の空港に到着しました。
お天気は曇天です。                     (日本との時差-11時間
通貨はブラジルレアル(BRL) 1$は約2レアル 1レアルは約50円


リオの町並み、レンガ色が圧倒的です。  遠くにクレーンが沢山見えます。
幹線道路はよく整備されているようです。


到着早々に市内観光が始まります。  此の辺は辛いところです。

リオと言えば巨大キリスト像が両手を広げているコルコバードの丘ですが雲が低く
垂れ込んでいるため、もうひとつの象徴、ボン・デ・アスカール(砂糖パンの山)に
行くことにしました。

ボン・デ・アスカールにはロープウェイに乗っていきます。ここも頂上は雲の中です。


ボン・デ・アスカールは高さ396m、市内が一望できます。
風が強く私の格好ではちょっと肌寒い感じです。

美しいコパカバーナ海岸、ヨットが無数停泊しています。

湾内はとても穏やかです。


お天気が良ければ、こんな写真が撮れたはずですが、残念ながらこれはポスターの前です。


降りのロープウェイからの景色です。



ようやく雲がうすくなり、キリスト象が見えたようなのでコルコバードの丘にあがります。


コルコバードの丘には登山電車に乗って行きます。
私達の前席の女性は三重から参加された、仲良し元三人娘のひとり下川さんです。



登山電車の車中からの景色です。



標高710mのコルコバードの丘に立つキリスト像は高さ30メートル、左右28m

1931年にブラジル独立100周年を記念して建てられました。
現在、「新世界七不思議」のひとつだそうです。

登山電車はきつい勾配なのでアプト式になっています。
単線なので途中にすれ違いの為の複線があります。



コルコバードの丘の下にある教会の美しいステンドグラス



この旅、最初の食事・ディナーはシーフードです。 大きなロブスターが楽しみです。
一行13人に添乗員の新藤さん(手前左)を加えて乾杯! 良い旅でありますように!


下の写真は11月9日、この旅最後の全員での食事風景です。 場所はリマ、海沿いの
レストラン「ロサ・ナウティカ」での昼食時の写真です。
全員がそろってよく写っているので、この写真を使って一行の紹介を致します。
向って左手前から知福ご夫妻、川上ご夫妻、細見ご夫妻、正面とその右は小島ご夫妻、
そして奥から手前に松田さん、岩並さん、下川さん、と私達です。

京都にお住まいの細見彰先生は有機ケイ素化学の世界的な第一人者で、同分野の先駆け
となった「細見・桜井反応」をはじめとして、多くの優れた反応剤や実践的な新規合成反応の
開発をしてこられました。 (インターネットの資料より)
空港での乗り継ぎ待ち時間でのお話しは楽しく、時の経つのを忘れさせてくださいました。
大変気さくなお人柄で、明るく優しい奥様共々終始、この旅を楽しまれておいででした。

大きなロブスターに舌鼓を打ちました。

千葉にお住まいの知福ご夫妻。
いつも、そっとご主人に寄り添う奥様と、絶えず奥様をいたわり気遣うご主人、行く先々で
奥様の写真を沢山撮っておいででした。  (写真の整理はもう出来たでしょうか?)



11月1日(土)
リオでの宿は「マリオット」、ホテルの前はコパカバーナ海岸。
海岸は全長約4kmの弓形の浜辺です。 早朝なので人はまばら・・


朝のコパカバーナ海岸通り。 たくさんの高層ビルが犇めき合っています。
写真では分かりづらいですが、ここの建物はビルとビルが隙間なくくっ付いて建っています。




昨日に続いてリオデジャネイロ市内観光です。

ここは「マラカナンサッカー場」
以前は20万人もの収容人員がありましたが、1992年ブラジル全国選手権決勝戦時に
発生したスタンド落下事故を機に現在は、総て椅子席で約95,000人収容となっています。

入口には足型で有名な「カウサーダ・ダ・ファマ」があります。
ジーコなど名選手の足型が並んでいます。




ファンサービスのパフォーマンスもあります。



こちらは、「サンボドロモ」。リオのカーニバルが行われる会場です。直線約600mで
両側が観覧席。 選ばれたAグループ、14チームのパレードが繰り広げられます。
1チームは3、000〜4,000人だそうです。
200名以上の打楽器による強烈なサンバのリズムにのって、この会場で踊ります。



大通りから一歩入った路地の商店街は買い物客で賑わっています。



水道橋と「聖セバスチャン大聖堂」 
           (この写真は、細見先生が写された写真を使わせていただきました。)

「聖セバスチャン大聖堂」は巨大なピラミット形。


十字架の天窓と華麗なステンドグラス。



昼食のレストラン

昼食は、ブラジル名物の「シュラスコ」です。

炭火で焼いた豪快な牛肉料理です。
金串に刺して焼かれた21の部位が次々出てきます。
好みの部位が来たときに注文するとナイフで削ぎとってくれます。





この後、リオ発18時45分(アルゼンチン航空AR1257便))に乗り約4時間で
ブエノスアイレス(アルゼンチン)現地時間22時に到着。(お弁当が用意されました)
シェラトン ブエノスアイレスに宿泊しました。      
         (日本との時差−12時間ですが、今はサマータイムなので−11時間

通貨はアルゼンチン ペソ(ARS)  1$は約3ペソ30センターボス  1ペソは約35円


11月2日(日)
明けて2日、ブエノスアイレス(アルゼンチン)の市内観光です。
天気は晴れ、気温は朝13℃〜14℃、日中は25℃の予報です。


「メトロポリタン大聖堂」



「5月広場」
のちに、暗殺されたケネディ大統領の妻ジャクリーン夫人と結婚した世界の海運王
アリストテレス・オナシスも少年時代に、この地で働いていたそうです。



タンゴ発祥の地、ボカ地区の「カミニート通り」
ボカ地区は、ヨーロッパから移民がくる港町でタンゴの発祥地として有名です。

タンゴ、「カミニート」は名曲ですね。
タンゴの壁画


建物はカラフルなペンキで塗られています。


タンゴを踊る女性たち。

路上で曲に合わせてタンゴを踊っています。


「ボカ地区」にて


次の観光地、レコレータ墓地(ぼち)は上流階級の霊園墓地です。
一つ一つがお墓です。
 (この写真は、細見先生が写された写真を使わせていただきました。)



「エビータの墓」 ペロン大統領夫人エバ・ペロン(エビータ)の墓があります。 



この「7月9日大通り」は道幅が144mもあるそうです

街路樹には沢山の「よっぱらいの木」

「よっぱらいの木」、 沖縄で「トックリキワタ」と呼ばれている木と同種だそうで、幹が徳利の
ようにふくらんで「メタボ腹」に見えるので酔っ払いの太った腹を想像してつけた名の様です。
実は熟して弾けると、このような綿が現れます。


宿泊先、「シェラトン・ブエノスアイレス」


英国の「ビックベン」を模したという時計塔


夕食のスパゲッティ料理を済ませ一休みしたら、お楽しみの「タンゴショー」に出かけます。
宵っ張りのこの国の人にとっては当たり前のようですが、「タンゴショー」の開演は10時です。
このショーの詳細は、こちら「タンゴショーへ」をクリックしてください。
「タンゴショー」の終演は私にとっては真夜中の11時半。
明日のモーニングコールは7時、イグアスに向います。


11月3日(月)
10時55分発AR2724便でブエノスアイレスを発ちイグアスには12時40分到着です。


今日の昼食は肉料理がメーンです。
向って右のご夫婦は、新潟の清酒 ”吉乃川” 醸造元の川上会長ご夫妻。 
話題豊富で闊達な奥様は、アルコールがまったく駄目との事。
おっとり型のご主人はいつの間にか一行の中で ”殿(との)” の愛称が付きました。



今日、明日の二日間は 「イグアスの滝」観光に出かけます。
アルゼンチン側とブラジル側からじっくり見てきたいと思います。

「イグアスの滝」行き列車の乗って出発です。
川上ご夫妻は仲睦まじく何の話をしているのでしょうか・・


天地を揺るがす壮大な「イグアスの滝」
詳しくは、こちら「イグアスの滝へ」をクリックしてください。



ここでは、このような小型のタクシーが沢山走っていて結構繁盛しています。




11月5日(水)
前日、「イグアスの滝」を観光した私達は今日は「ナスカの地上絵」を観光するため、
早朝3時45分のモーニングコール。
当初、リマからイカまでは飛行機で行くはずでしたが、このところのオイル高で欠航となり
約5時間かけてのバス移動になりました。
お陰で前夜の寝不足を車中で解消することが出来ました。何が幸いするか分かりません。



「イカ空港」(ペルー) 標高439m
ここからナスカ上空まで約30分、「ナスカ地上絵」を20分ほど見て、またここに戻ります。

「ナスカの地上絵」のひとつ「手」、奇妙なことに片方の指は4本です。
詳しくは、こちら「ナスカの地上絵へ」をクリックしてください。


無事に 「ナスカの地上絵」観光を終え、隣接のレストランでちょっと遅めの昼食です。
小島ご夫妻(向って左)と、細見先生ご夫妻(向って右)

小島さんは日本を代表する航空会社でボーイング777を操縦するパイロット、
”飛行機はとても安全な乗り物です” と説明を受け一同納得、改めて安心しました。
奥様は、明るくはつらつとしたキャリアウーマン。 とてもお似合いのご夫婦です。
お住まいは都内。


ナスカ上空では、ちょっと酔いそうになって危なかった妻も元気に立ち直りました。


ビールを二種類飲みくらべて見ました。 どちらも癖のない美味しいビールでした。


木陰ではフォルクローレを演奏していました。
彼から一枚CDを買い、記念写真を撮ってきました。 もちろん私は吹けません。



これから、又バスに5時間ほど乗りリマの向います。
そして、今夜は、「シェラトン リマ」に宿泊。 明日はクスコに向います。

ペルー 日本との時差は−14時間
通貨はペルー ヌエボソーレス(PES)  1$は約2.80ソル   1ソルは35円くらい


11月6日(木)
今日は、スターペルー航空Zi-1117便、リマ発9時30分発で約1時間のフライトで
クスコに行きます。
リマの標高は101m、クスコの標高は3,326m、富士山には及びませんが高地です。
「リマ空港」(ペルー)


アンデス山脈を眼下に見て約1時間でクスコに着きました。
「クスコの街並み」(ペルー)


この写真は何だったか分かりません。 面白かったので写しました。


ここクスコは標高3,326mの高地。
早足は禁物です。 ゆっくりゆっくりと足を運びます。それでも少し息切れします。


「サントドミンゴ教会」

「サントドミンゴ教会」(太陽の神殿)

教会の中庭にて
インカ帝国時代、この宮殿には黄金が張り詰められていたそうです。
スペインに征服された時、金は総て剥ぎ取られてヨーロッパに持去られたそうです。
そのため、当時ヨーロッパにインフレが起こったそうです。

この写真の上部、僅かに見える空間には黄金の象が飾られていたようです。
この石は、生贄の台に使用されたそうです。



「アルマス広場」



「カテドラル」
西暦1550年から建設が始まり完成まで100年を要したそうです。
内部の宗教画は400点あります。



「十二角の石」
インカの石組みが残って、そのまま使われています。
この石組みに触れたりすると「インカ皇帝」の姿をした警備員に大声で注意されます。


石組みの中でも有名な 「十二角の石」はこんな形をしています。
なんとも念の入った細工ですが、当時の石工職人の遊び心のようなものを感じます。






昼食はペルー名物の「チュペ・デ・カマロネス」
向って左から細見先生ご夫妻、川上ご夫妻、そして私達。

                  (細見先生から戴いた写真を使わせていただきました。)




ペルー名物の「チュペ・デ・カマロネス」(小エビ入りクレオール風スープ)
これは絶品!
でも高山病予防の為、今日は食べ過ぎないよう、又、水分を充分にとるようにとの事。
(ただしアルコール以外の水分だって・・残念ですね)



午後の観光は、インカの「サクサイワマン遺跡」
向って左から三人、岩並さん、下川さん、松田さんは三重から参加された仲良し元三人娘。

          (この写真は、細見先生が写された写真を使わせていただきました。)



仲良し元三人娘さん達は、毎週数回プールへ、そして日曜日にはウォーキングにと、常に
健康を保つよう努力しているとの事。 皆さんそろって美人でお若いのです。



遺跡は三層の巨石が22のジグザグを描いて360mに亘り続いています。

要塞の跡だそうです。


一緒に写真を撮りました。 チップは1ヌエボソル(約35円)です。
「アルパカ」 顔がみんな違うのは面白いですね。


こちらは 「リャマ」でしょうか、私には見分けがつきません。
チップはやっぱり1ヌエボソルです。 みんな懸命に生きているのです。


「クスコ」(ペルー)
向こうの山肌に文字が見えます。  ”VIVA EL Peru”(ペルー万歳!)のようです。


高度(高地)に順応するための対策で今日の宿はクスコより標高の低いウルバンバです。
夕刻、バスで「ウルバンバ」に向います。 ウルバンバまで75km、約1時間半の行程です。


「ウルバンバ」での夕食も 「アルコール」抜きです。 健康の為には、なによりです。

どのテーブルにもアルコールはありません。 何かちょっと寂しいですね。


大概のレストランでは、民俗楽器を演奏しています。
別にレストランで雇っているわけではないようです。自分達のCDを売ったりしています。


11月7日(金)
ウルバンバの昨夜の宿泊先 「カサ アンディーナ」は雑多な民家などが続く田舎道の
細い路地を入った所に、突然現れました。

朝食後、
コテージ風の部屋に戻る途中、早くも民芸品を並べて売っている人々に出会いました。

「アルパカベイビーのマフラ」や「革製品のバッグ」など所狭しと並んでいました。
値段交渉の末、商談が成立して民芸品のお土産をいくつか買いました。
旅の楽しみのひとつは、こういった買物にあります。 コミュニケーションも交わせます。


「カサ アンディーナ」の宿泊設備は広い敷地内に、いく棟も点在しています。
眺めの良い優れた環境です。 ただロビーから各部屋まで遠いのが難点です。


今日は、ウルバンバの「オリャンタイタンボ」観光から始まります。

「オリャンタイタンボ遺跡」はインカ時代の宿泊施設とも要塞跡とも云われています。
「タンボ」とはケチュア語(インカの公用語)で宿屋、旅籠といった意味だそうです。



この後は、いよいよ 「マチュピチュ遺跡」観光です。
マチュピチュには、一泊二日用に必要な最低限の荷物を持っていきます。


オリャンタイタンボ駅。
ここからビスタドーム号で「アグアスカリエンテス駅」に出発します。


インカの空中都市 「マチュピチュ遺跡」の朝
素晴らしいインカの空中都市 「マチュピチュ遺跡」の詳細については、
こちら「マチュピチュ遺跡へ」をご覧下さい。



帰路、列車からバスに乗り継ぎクスコに向いました。
途中バスを停め、しばし美しい 「クスコの夜景」に見入りました。



11月9日(日)
「リベルタドール クスコ」(ペルー)


ホテルの部屋からの景色

長かった旅も、そろそろ終わりに近づきました。
今日は、ここクスコから再びリマに飛び、リマ市内の観光で最後となります。
出発前のホテルのロビー
なんとなく、けだるい感じが漂っています。 私達も連日の強行軍で少々疲労気味です。


素敵な現地ガイドのマリさん(マリソル デルガド)さんと記念に一枚。
マリさんは日本に長くおられた為、日本語はきわめて堪能で優秀なガイドさん。 埼玉県の
川口にも数年住んでいらっしゃったとの事なので、私達とは同県人と懐かしがっていました。



「クスコ空港」
向って右から、知福ご夫妻、細見先生夫人、川上ご夫妻。
           (この写真は、細見先生が写された写真を使わせていただきました。)



クスコ発、7時40分のスターペルー航空1116便で約1時間のフライトです。
クスコの空港


下はアンデスの山なみ、こんな高地にも道がつけられ人の生活が窺がえます。
”こんな所に生まれてこなくてよかった” と後ろの席から呟きが聞こえました。
多分、Mさんの声。

アンデス山脈の万年雪が見えました。
リマ(ペルー)に無事到着。


リマ市内の観光です。
「サン・マルティン広場」 中央の象はペルーの英雄 「サン・マルティン将軍」


「マヨール広場(旧アルマス広場)


マヨール広場に面した「ペルー政庁」
右端に日本の国旗も掲揚されています。マリさんに聞いたところ、ペルーと関わりの深い
国の順に中央から国旗が掲げられているそうです。今は中国の方が順位が高いそうです。



「サンフランシスコ教会」

「黄金博物館」入口
一階は「武器博物館」、地下には数々の黄金で作られた貴重な発掘品が
展示されています。地下での 写真撮影等は一切出来ません。
武器博物館には日本の甲冑なども数多く展示されています。



昼食はレストラン「ロサ・ナウティカ」でシーフード

素晴らしい景観の中にあるレストランです。

これが、全員での最後の食事になります。

ペルー名物セビーチェなどなど
これは、どれもこれも本当に美味でした。

最後に紹介するのは、添乗員の進藤さん(向って左)と現地ガイドの入倉さん(リマ在住)

今まで二十数回の海外旅行で色々な添乗員さんにお世話になりましたが、今回の旅の
進藤さんは別格! フットワークの良さに加えて状況把握の適切さと素晴らしい実行力。
そして一人一人に的確なサポート。トラブルへ対応も迅速で丁寧。 何より人柄が最高!
おそらく参加者全員が満足した事と思います。 まさに心技体の三拍子揃った進藤さん。
参加者中、最年長の私達でしたがご縁があったら又、進藤さんのサポートで旅をしたいと
心より思います。


現地ガイドの入倉さんは、JTBのパンフレットでも紹介されているインカの歴史や文化に
精通した経験豊かな名ガイドです。お陰様で大変楽しいたびが出来ました。


美しいミラフローレス海岸は「パラグライダー」のメッカのようです。
たくさんのパラグライダー達が空を舞っていました。


ここは、10年ほど前の1997年1月に起きた、ペルーの日本大使館襲撃事件の現場。
中を窺うことは出来ませんでしたが、現在は何も使われていない様子でした。(空地?)





11月10日(月)
長かったようですが、過ぎてしまえばあっという間の旅でした。

リマ発、午前1時25分 DL350便でアトランタ迄 7時間弱のフライト、8時10分到着予定。
そしてアトランタ乗り継ぎで、午前9時50分発のDL055便で強い偏西風に逆らいながら
およそ14時間のフライトで成田着14時25分の予定です。


アトランタ空港で乗り継ぎ時間待ちの右から川上夫人、岩並さん、松田さん。

間もなくアトランタを出発します。お疲れ様でした。



付記 大変尾籠なお話をしますが、今回の南米旅行ではトイレットペーパーをトイレで
流すことは出来ません。考え方、習慣の違いでしょうが使用済みのトイレットペーパーは
脇の備え付け容器に入れるようになっています。つい習慣で流してしまった人もいたよう
ですが「郷に入れば郷に従い」です。

次回は地中海方面のクルーズを検討しています。




おまけ
上は革製品の民芸品 「ショルダーバッグ」


マチュピチュのチョコレート


人気の、「果物がテーマ」のチョコレート


アルパカ ベイビーのマフラ



民芸品のショルダーバック


シルバーに天然石をあしらったペンダントの色々


金属製のアルパカ


もう少し追加したい写真などがありますが、とりあえず掲載いたします。
これからも写真の追加や加筆、間違いがあれば訂正していく予定です。



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