インカの人々が造った空中都市「マチュピチュ」
16世紀半ば高度に文明が栄えたこのマチュピチュを何らかの事情で捨てた
インカの人々はさらに奥地へと消えてしまったようです。それから400年以上
人目に触れることがなく、1911年にアメリカ人歴史学者ハイラム・ビンガムが
発見したときは草に覆われた廃墟だったそうです。現在も発掘調査が続いています。
2008.11.7〜8
オリャンタイタンボ遺跡観光を終えた私達は、高原列車に乗ってアグアスカリエンテス迄約1時間半。
そこからシャトルバスに乗って険しい山道を約30分登り、目指すマチュピチュに向います。
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オリャンタイタンボ駅から高原列車に乗ってアグアスカリエンテス駅迄約1時間半の列車旅。 駅では大勢の物売りたちが声をかけてきます。 |
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列車は静かに走り出しました。 |
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車中では軽食がでました。マチュピチュに着いたらとりあえず観光が始まります。 |
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この橋を渡り「インカ道」に入っていくそうです。 |
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列車は川沿いにウルバンバ渓谷を走ります。 |
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列車は岩をくり抜いた小さなトンネルを抜けて一路「アグアスカリエンテス駅」を目指します。 |
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「アグアスカリエンテス」に到着しました。 |
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ここから次々と発車する満員のシャトルバスに乗って、マチュピチュまで険しい山道を約30分 かけて登って行きます。 |
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車中から「ワイナピチュ」が見えてきました。 |
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「サンクチュアリ ロッジ」に1泊2日用の 荷物を預けたら早速「マチュピチュ観光」 です。 これは「マチュピチュ」に入るための チケットです。 裏には一枚一枚入場者の氏名と国籍が 記入されています。 |
入口付近には案内板が掲げてあります。 |
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写真の順番が違いますが(これは翌日の写真です)ここが入口です。 |
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入場してしばらく石段を上がると、突然写真などで幾たびもお目にかかったお馴染みの 「マチュピチュ」が眼下に広がっていました。 信じられないような光景ですが、これがインカの人々が造った空中都市「マチュピチュ」です。 |
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尖った絶壁の山々がそびえるウルバンバ渓谷の山間、標高2,280mの頂上にあるこの 不思議な光景。 なんでこのような場所にこのような建造物を造ったのでしょうか。 |
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遙か下を流れるのは、この辺りの水源 「ウルバンバ川」 |
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復元された「農地管理人の小屋」見張り小屋 |
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技術者達の住まいだったといわれる場所。屋根はわらぶきでした。 |
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「太陽の神殿」 |
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「要塞」として使われた? |
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「石切り場」 楔(くさび)を打ち込んで石を切り出した跡があります。 |
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きっちり設計された段々畑 |
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「アルパカ」や「リャマ」などがのんびり草を食んでいます。 これらの動物は元々ここにいた訳ではなく、観光用に慣らしてあるそうです。 |
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ちょっと日陰でひと休み 向って右から細見先生ご夫妻、私達、下川さん、松田さん、川上夫人 |
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(細見先生から戴いた写真を使わせていただきました。) 「陵墓」ミイラが安置されていたと考えられています。 |
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「十四角の石」 |
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「インティワタナ」日時計として使われていた巨石。 |
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「コンドルの神殿」 |
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明日は、「ワイナピチュ」へ行く人、「太陽の門」まで行く人、ロッジで過ごす人に分かれます。 私達は、妻の足腰が山登りには少し不安があるのでロッジに残ることにしました。 11月8日 「サンクチュアリ ロッジ」に宿泊したので早朝から「マチュピチュ観光」ができます。 |
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私達はロッジに残り、早朝の「マチュピチュ」をもう一度散策することにしました。 |
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人影のない朝の「マチュピチュ」を確りと目と心に焼き付け、再びロッジに戻りました。 それにしても、二日間晴天に恵まれました。有り難いことです。 |
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「サンクチュアリ ロッジ」はマチュピチュ遺跡に隣接する立地にあって客室はわずか31室。 世界中の観光客に大人気のホテルで、予約が大変に難しいそうです。 ホテル(左側)と前方右がマチュピチュ遺跡への入口です。 |
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ロッジに戻り、中庭にある木陰のデッキチェアーで一行の帰りを待つことにしました。 |
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涼しい風が通り抜け、遙か昔にインカの民もこの辺りの木陰で涼をとっていたに違いないねと 妻と語りあいました。 インカ道 「太陽の門」 |
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(細見先生が写された写真を使わせていただきました。) |
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この中庭付近には、珍しい植物が花をつけていました。 ラン科だとは思いますが、追い追い調べて追記していきたいと思います。 |
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シャトルバスで再びアグアスカリエンテスに下りてきました。 |
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ここで昼食です。 美味しいスープと薪を使っての「骨付き豚肉」の鉄板焼がとても美味しかったので 食べかけながら写真に収めました。 |
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食べかけの骨付き豚肉ですが、美味しかったので載せました。 ごめんなさい・・ |
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「アグアスカリエンテス」で豪雨に遭いました。 しかし、間一髪みやげ物屋が連なる市場に滑り込んでいたので、現地の土産物を買う 妨げにはなりませんでした。 本当に今回の旅は天候に恵まれています。 |
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ここでマチュピチュ土産の素敵なペンダントを購入することが出来ました。 売り手も買い手もほぼ満足しての商談成立での記念写真です。 |
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帰りの車中です。 |
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車中より遙か東アンデス山脈の万年雪が見えました。 |
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静かだった車内に、突然パフォーマンスが始まりました。 変な人物が躍り出てきたと思うと車中の人々に愛想を振り撒き始めました。 車内は笑いの渦で一杯になりました。 |
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「リャマリャーダ」といわれる「リャマ使いの踊り」だそうです。 |
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それがひと通り済むと今度はファッションショウの始まりです。 さっきまで飲み物を配っていた男性が今度はモデルで登場です。 |
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今度は、小島ご夫妻がモデルとして引っ張り出されました。 なかなか堂に入った爽やかなモデル振りです。 |
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特に奥さんは、もしかしたらモデル出身?? |
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最後に登場の妖艶な美女はと見れば、我らが現地ガイドのマリさんではありませんか! 乗客を飽きさせないサービス満点のパフォーマンスでした。 日本でも色々なシチュエーションで採り入れたら如何でしょうか・・。 |
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この列車は、向い合わせの4人掛けでした。 私達の向かい側はフランス人の娘さん達で、仲の良い友人同士での旅だと話してくれました。 どうか良い旅をお続け下さい。 |
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この列車は途中何かと接触したアクシデントに見舞われました。 |
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これから途中で観光バスに乗り換えてクスコに向います。 |
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カラフルな 「サンクチュアリ ロッジ」 の絵葉書 |
「サンクチュアリ ロッジ」 |
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今後も加筆及び誤記があれば訂正いたします。
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