記念艦「三笠」の見学研修旅行

平成18年3月5日(日) 第一公民館主催


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記念艦「三笠」の由来
日露戦争は、ロシアの極東進出によって存亡の危機に立たされた我が国が
心身の限りを尽くして戦った防衛戦争であり、東郷平八郎 司令長官が率いる
我が連合艦隊がバルチック艦隊を対馬沖に迎撃して、圧倒的な勝利を収めた
日本海海戦により戦争は終局に向かい、ポーツマス条約が締結されて両国の
講和が成立しました。「三笠」は最新鋭の戦艦であり、東郷平八郎司令長官が
乗艦指揮する旗艦として日本海海戦において常に連合艦隊の先頭に立ち、敵
艦の集中的な砲火を浴びながら戦い抜き、歴史的な大勝利に大きく貢献しまし
た。大正15年(1926)このような栄光の歴史を持つ「三笠」を記念艦として保存
することになり、難工事を克服して現在の場所に固定され、以来民族の誇りの
象徴として親しまれています。    (財団法人・三笠保存会パンフレットより)



東郷平八郎連合艦隊指令長官








感慨深げの見学です。




戦歴です。


明治38年5月27日(1905)日本海海戦











「副砲15cm」が14門




「ハンモック」って、こんな所で使用されていたのですね。
合理的ですが大変だったでしょうね。


子供の時、ハンモックに揺られて気持ちが悪かったことを思い出しました。





「補助砲8cm」が20門。


「本日、天気晴朗にて波静か」
平和がなによりです。



「主砲30cm」は4門











「操舵室」








「軍艦マーチ」が聞こえてきそうです。






国民學校(小学校)2年で手旗信号、モールス信号を習いました。
いまでも、かなり覚えています。




Z(ゼット)旗



「機雷」


「青少年學徒ニ賜リタル勅語」は今でも全文覚えています。
教育って恐ろしい(大切な)ものですね。

それだけに、今の教育(家庭も学校も)には、大変疑問を感じています。
「国を愛し、親を敬い、人様に迷惑をかけない」これはあたり前の事です。



東郷平八郎の書




上は本物、下はレプリカ



「三笠」は明治33年(1900)11月8日英国の造船所で進水しました。
全長132m、全幅23m、排水量15,140t、速力18ノット(時速33km強)



「三笠」




「巡洋艦オーロラ号」
1905年の日本海海戦で日本の連合艦隊から
砲撃を受け、舷側に大穴があいたそうです。


現在、サンクト・ペテルブルグ(ロシア)のネヴァ川に
「海軍中央博物館分館」として錨を下ろしています。
2003.8.10「露西亜の旅」をご覧ください。


「海軍カレー」 三笠売店で売っています。




昼食は三浦三崎の「三崎館本店」にて



名物は「鮪のかぶと焼」



結構な、お料理でした。







食事の後は、市場でお土産を買います。



美味しそうなものが一杯で目移りします。




だいたい買い物も済んだようです。



途中、大黒パーキングエリアで休憩し無事に帰宅しました。


一日も早く平和な世界が来るよう祈念しています。


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